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2010年6月27日 (日)

イタリアン儀式

エスプレッソ用に絶妙な具合で粉にしてあるコーヒー豆をホルダーにたっぷり盛ってから余分な粉を落とす。
そして専用の判子のような棒でまるで大事な契約書に実印を押すかのようにホルダーの粉を強く丁寧に押して固めた後、エスプレッソマシーンにホルダーを斜め45度に取り付け、一気にハンドルを手前に向ける。

「カチン」と小気味よい音がしてハンドルが固定された。これで準備完了。
後はコーヒーを淹れるだけだ。あらかじめ温めておいたデミタスカップをセットし、抽出つまみをひねる。
遊園地のミニSLが出発する時のような音を立てながらカップにコーヒーが満たされていき、それを眺めながら良い頃合いでつまみを戻す。コーヒーから立ち上る香りが私の部屋を朝の出勤前の雰囲気に変えていく。この一連の作業とセットで楽しむ朝のエスプレッソは格別だ。今では1日を始めるための儀式のようなものになっている。

このエスプレッソマシーンはイタリア製の業務用で、業務用キッチンの施工工事を家業として継いだ中学時代の同級生の兎沢から3年ぐらい前にもらったものだ。なんでも客先のイタリア料理屋で使っていたものを最新の電子式に入れ替えるとかで引き取ってきたものらしい。奴はいきなり私の部屋に来て、

「これお前好きそうだからさお前にやるよ。まだまだ動くし、かっこいいだろ。ちょっとでかいけどな。この流し台の上でいいか?お、奥行きが足りないな。ちょっと足場を延長するか。」

とかいいながら手際よく勝手に設置していったのだ。確かにかっこはいいのだが、おかげで洗った皿やコップなどを置くスペースが無くなってしまった。まあもともと自炊をする方でもないので当初心配していたほどあまり不便は感じていない。

ふと見た壁の時計の針は8時5分を指している。
「まずい。遅刻する。」
時間がないのに朝の「儀式」をいつもどおり行ったので当然だ。
カップの底に少し残っているエスプレッソを一気に流し込み、5分で支度を済ませ部屋を飛び出すように出る。
家から駅、駅から会社と全速力で走ったこともあって会社には何とか9時前に着くことができた。
いつもはもう少し余裕を持って出社するのだが今日はあの夢のせいですべてのリズムが狂ったのだ。

パソコンの電源を入れながらふと斜め向かいの柏原を見ると、私を見ながらなんだか安心したような表情を浮かべている。まるで私が無事出社したのを見て安心しているようにも見える。

「何だろう。今日は大事な会議でもあったかな。」

などと思いながらパソコンが起動したのでメールソフトを立ち上げると柏原から短いメールが届いた。

「今日は出社しないかと思って心配したよ。今晩よろしく。」

私は遅刻せずに会社に着いた安堵感いっぱいで、今日の夜彼に誘われていたことをすっかり忘れていた。
しかし彼のあの表情といい、このメールといい一体私に何の相談があるのだろう。
なんだか好奇心の中に不確かな不安が広がっていくのを感じた。

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