書籍・雑誌

2010年7月29日 (木)

『いつもの』で

そういえば、川島課長も独特の雰囲気を持っている人だ。外見からは想像できないほど仕事ができる人なのに、どこか頼りなげだ。仕事の出来不出来に外見は関係ないと思われがちだが、我々が所属する広報部というところは外見が大いに関係する。広報部は会社の窓口であり、ひいては会社全体のイメージに繋がる大事な機関である。いわば会社の玄関口とでも言える広報部の課長は、本来ならば颯爽としたイメージを抱かせるいでたちでないと様にならない。ところが、我らが川島課長ときたら、すでに頭部の後退が始まっており、おまけに独身だ。アイロンのかかっていない白いワイシャツの下には常にランニングが透けて見えている。頭部の後退は仕方ないにしろ、身だしなみにはもう少し気を使ってもらいたい。自分のことすら無頓着なのだから、部員を面倒みろというのは無理かもしれない。彼の基本スタイルは野放しだ。部員への教育はこれといってない。個人の自由な発想を求めるがゆえのことか、個人の言動にはいっさい介入しない。こうした彼の行動からはリーダーシップのかけらすら見えない。さらにひょうきんな性格がわざわいして、常にふわふわと宙に浮いている感じで、とてもいい加減な性格の持ち主のように見えてしまう。だが、実際にはそうではないのだ。いざ誰かが窮地に立たされたら真っ先に助けてくれ、ここぞという時に頼れる存在で、むしろみんなから慕われている。

だから、こういうへんてこなスキップをしても憎まれないのが課長の特権だ。

「課長、どこで弁当買うか決めてますか」

課長のへんてこスキップのリズムがずれたところで私が訊くと、

「そうですね、いつも決まったところで買うんですけど、今日もそこに行こうと思って。浜崎さんも付き合いますか」

「そうですね、ぜひ案内してください」

私は柏原にも声をかけようと後ろを振り向くと、彼は手に赤い弁当箱をぶら下げていた。

「なんだ、柏原さんは弁当持ってきたんだ。いつも持ってきているんですか」

あまりにも意外だったので、思わず驚いた口調で訊いてしまった。

「ええ、彼女が毎日弁当を持っていくタイプで、僕のためにも用意してくれるんです。いわば僕のはついでです」

私は二重に驚いた。柏原には彼女がいるのか。この根暗な性格の柏原にも彼女がいるのになぜ私にいない。そう思うとやり切れない思いが沸々とわいてきた。ますます今夜の約束が億劫になってきた。

川島は、弁当を持ってきている香奈枝と柏原に向かって

「ちょっと浜崎さんと弁当屋に行ってくるので、あなたたちは会社の前で待っていてください。すぐに戻りますから」

と促すと、私を連れて弁当屋へ向かった。

一緒に来ると言っていた香奈枝は、川島の発言に少し怪訝な表情を浮かべたが、すぐに笑顔で了解した。

弁当屋は会社から少し離れたところに停車しているワゴン車販売だった。車内では30代前半と見られる小奇麗な女性が明るくせっせと弁当を販売していた。女性は歯切れのよい口調とともに弁当をお客に手渡したあと、ちらっとこちらを見やると

「あら、今日はちょっとばかりお早い登場ですね。いつものですか」

と川島を見ながらそう言った。

彼女にそう言われ顔を赤くした彼は照れながら「い、いつもの一つください」と額に汗をかきながら注文した。

おや、ひょっとして川島はこの女性に恋心を抱いているのかもしれない。なるほど、だから香奈枝についてきてほしくなかったのだ。川島は毎日ここへやってきて、彼女の笑顔という名のサプリメントを補給しているのか。彼の異変に気付いた私は、急に川島をからかいたくなった。川島のことだから、毎日通い詰めているとは言え、ろくに彼女と会話をしたこともないのであろう。

「川島さん、川島さん、いつものって何ですか」

まずは名前を連呼して彼女に彼の名前を覚えさせようとした。

「わ、私は分からないんです。『いつもの』というメニューがあって、それを頼むと彼女のお勧めを出してくれるんです」

さしづめ『日替わりランチ』とでもいおうか。なかなか面白い発想だ。『日替わりをください』というより『いつもの』と注文したほうが、売る側も買う側も常連客気分を味わえて楽しい気分になるからだ。そう気づきメニュー表を見ると、なかなかユニークで楽しいものばかりだ。他には『お好みで』『一括払いで』『太り気味なもんで』といったメニューが書かれてある。しかも弁当のサンプルは置いておらず、このタイトルだけで注文することになるから、ある意味サバイバルゲームのようで楽しい。こういう弁当屋を思いつく彼女だからきっと性格もユニークな人なんだろう。川島が気に入るのも無理はない。

「あの、この人、うちの課長の川島なんですけど、今日はぜひ連れて行きたいところがあるからって誘われたです。課長が私に勧めたのが分かりました。なかなかユニークで楽しいお弁当屋さんですね」

私は彼女にそう言いながら川島の顔を見ると、彼の顔はさらに赤くなり一層汗をかきだしていた。

「ありがとうございます。川島さんには毎日来ていただいてとても感謝しています。初め2回ほど『いつもの』を注文されてからというものの、本当に常連みたく毎回『いつもの』と言ってくださるようになって。ときどきメニューとは違うものをお出ししちゃうんですけどね、それがメニュー通りじゃなくても分からないっていうのがこのお店のポイントですね。川島さん、はい、『いつもの』ですよ。500円になります」

彼女はそう言ってニコリと笑うと川島に弁当を手渡した。

川島は、彼女が自分のことを覚えてくれていると知り、飛び上がらんばかりの態度でしゃしゃり出てくると、

「私は毎回『いつもの』を注文してしまうから、今日は浜崎さんには『太り気味なもんで』を注文してもらいましょう」

と、勝手に私の弁当を注文してしまった。しかも中でも一番変なメニューの弁当を注文して私をピエロにしたてあげようという魂胆が見え見えだ。仕方がない、ここは川島のためだ、ピエロに徹しよう。

川島は二人分の弁当代を支払うと、彼女との会話もそこそこに弁当屋を後にした。

「課長、彼女のこと気に入ってるんですよね。もう少し話さなくてもいいんですか」

「うん、彼女のことは遠くから見ていたいんです。男のロマンというものはそういうものです」

と遠い目をしながら言った。まったく川島という男は憎めない人だ。

二人は香奈枝たちのところへ足早と向かった。

2010年7月11日 (日)

広がる闇とへんてこスキップ

気のせいだとはわかっているのだが、今晩のことを考えれば考えるほど何か得体のしれない薄暗い闇のようなものが広がっていく。そして今も斜め向かいに座っている柏原からも同様な闇の広がりを感じるのだ。そしてその闇は自分の思考の限界をも超えて無限に広がっていく気がする。

(落ち着け、冷静に、冷静に。ただの気のせいだ。)

心の内側で広がっていく闇を振り払うため自分に言い聞かす。
しかしなぜ自分が柏原からの誘いに対して、そして彼に対してこうもネガティブな雰囲気を感じるのだろう。
この部に配属されて以来、彼とはあまり関わり合いがないとはいえうまくやってきているし、どちらかといえば彼には好感を持っていると言っていいはずである。冷静に考えれば、自分の考えすぎだということは分かっている。
とにかくあまり考えすぎるのは良くない。この妙な不安を消すためにも気持ちを仕事に切り替えよう。
今日もスケジュール通りにこなさなければいけない仕事がたくさんあるのだ。さあ、仕事に取り掛かろう。

予想に反して午前中の仕事は思っていたよりはかどった。来週発表予定のプレスリリースの原稿も書き終えることができたし、新しい広告のアイデアもいくつか浮かんで、午後には広告代理店に依頼できる形までまとめ上げることができた。
あの妙な闇のような感覚を振り払うように仕事に集中したおかげだろう。

「さあ、みなさんお昼に行きましょう!まだ11時50分ですけど、お弁当屋さんが混んじゃうしいいですよね?川島さん。」

香奈枝の声でもうお昼近くになっていることに気づく。

「もちろん。さあ柏原さん、浜崎さんお昼行きましょうか。」

ひょうきん者の課長はなんだか張り切っている。香奈枝とランチに行くのがうれしいのが見え見えだ。ステップの一つ多いへんてこなスキップまでしている。

(たかがランチなのに。なに鼻の下延ばしてんだか。)

と自分も香奈枝とのランチで一喜一憂していたことを棚に上げて、川島をちょっと軽蔑のまなざしで見てしまう。

しかしあのへんてこなスキップも不思議なもので、あきれながら課長を見ているとだんだんと楽しいランチになりそうな気がしてきた。

2010年7月 9日 (金)

柏原の視線

乙女座が最下位なのは毎度のことでそう気にも留めていなかったが、あながちはずれでもなさそうだ。よりによって柏原を誘うとは予想だにしていなかったからだ。せめて昼だけでも楽しいひとときを過ごしたかったのに。

「あら、浜崎さん、浮かない顔してるけど他の人誘っちゃいけなかったかしら」

香奈枝は屈託の無い笑顔を向けながら私にそういうと、コンピュータに向かって自分の作業に取り掛かった。

まったく彼女の笑顔には参りっぱなしだ。これですべてがチャラになってしまう。彼女はその持ち前の明るさで今までどれだけの難をしのいできたのだろうか。いや、もしかしたら多くの人を救ってきたのかもしれない。あのとびきりの笑顔にはそう思わせる何かが秘められている気がしてならない。

しばらくの間、香奈枝のことを考えながらメールのチェックをしていると、新着メッセージが届いた。柏原からのメールだった。

「今晩のことは課長と木村さんにはご内密に」

と書かれてあった。

ますます今晩の約束がうっとうしくなってきた。いったい何なのだろう。だんだん苛立ち始めてくる自分に気がつく。

(いかん、いかん、冷静になろう)

柏原のほうへ視線を向けると、彼も私を見ていた。何か信号を送られている気がして薄気味悪かった。

2010年7月 3日 (土)

曇りのち晴れ、そして雨

と誘ってみる。

「いいわね、外でお弁当。そういえばこの前この近所に外ランチにとっておきの場所を見つけたの。そこで食べる?」

お、やった。木村さんと“二人”でランチ。 しかも彼女のとっておきの場所で。今日はツイている。なんだか午前中の仕事はうまくいきそうな気がしてきた。

「じゃあそのとっておきの場所で食べよう。俺は弁当買わないといけないけど木村さんは?」

「私は今日お弁当持ってきてるけど、お弁当買うの付き合うよ。ちょっと早めにお昼行っちゃおうか。」

やっぱり今日の仕事は絶対うまくいく。たぶん午後も調子良いだろう。と根拠のない確信を持ったところで、

「柏原さんも一緒にお昼行きます?川島さんはどうします?」

えっ木村さん他の人にも声かけてる...しかも課長の川島さんにまで。あ、二人とも速攻で快諾している。
やっぱり今日の仕事はだめかもしれない。そういえば今日の朝山手線のモニターで見た占いは乙女座が最下位だったし。今日はツイていない日かもしれない。

2010年6月29日 (火)

アイドル

「おはよう、浜崎さん。どうしたの神妙な顔つきしちゃって」

隣席の木村香奈枝に声をかけられた。彼女は私より3期下の入社だが年齢は同じだ。大学を休学してイギリスに留学していたそうだ。明朗快活でスーパーモデル並みの身長である彼女は、普通にしていても目立つ存在なのだが、それに加えて誰もが振り返るほどの美貌の持ち主なのだ。会社の男どもはみな彼女のファンであり、私も何を隠そうそれらの男どものうちの一人だが、個人的に感じる彼女の魅力は顔かたちの外見ではなく、眼光鋭いその眼差しだと思う。どんなものでも見逃さない大きくて真っ黒な瞳は、まるで「あなたのことは全部お見通しよ」と語っているかのようで、彼女に睨まれたらたちまちひるんでしまう。そして彼女の美貌は私をたちまちひ弱な男へと化してしまう。

「あ、木村さん、おはよう。いや別に大したことないんだけどね」

「嫌だわ、久々の梅雨の晴れ間だっていうのに。パッと行きましょうよ、パーッと」

彼女にそう言われると、さきほどまで抱えていた不安感が嘘のように飛んで行ってしまった。そうだ、今日は久々の晴れだ。梅雨の季節独特の湿った陰気臭い日から久々に解放されるとっておきの晴れ間だ。そんな清々しい日のランチは、彼女を誘って外で弁当でも食べることにしよう。今夜は気乗りしない柏原との飲みだから、せめてそれまでは気分良く過ごしたい。

「ねえ木村さん、今日のお昼外で一緒に弁当でも食べない」

2010年6月27日 (日)

イタリアン儀式

エスプレッソ用に絶妙な具合で粉にしてあるコーヒー豆をホルダーにたっぷり盛ってから余分な粉を落とす。
そして専用の判子のような棒でまるで大事な契約書に実印を押すかのようにホルダーの粉を強く丁寧に押して固めた後、エスプレッソマシーンにホルダーを斜め45度に取り付け、一気にハンドルを手前に向ける。

「カチン」と小気味よい音がしてハンドルが固定された。これで準備完了。
後はコーヒーを淹れるだけだ。あらかじめ温めておいたデミタスカップをセットし、抽出つまみをひねる。
遊園地のミニSLが出発する時のような音を立てながらカップにコーヒーが満たされていき、それを眺めながら良い頃合いでつまみを戻す。コーヒーから立ち上る香りが私の部屋を朝の出勤前の雰囲気に変えていく。この一連の作業とセットで楽しむ朝のエスプレッソは格別だ。今では1日を始めるための儀式のようなものになっている。

このエスプレッソマシーンはイタリア製の業務用で、業務用キッチンの施工工事を家業として継いだ中学時代の同級生の兎沢から3年ぐらい前にもらったものだ。なんでも客先のイタリア料理屋で使っていたものを最新の電子式に入れ替えるとかで引き取ってきたものらしい。奴はいきなり私の部屋に来て、

「これお前好きそうだからさお前にやるよ。まだまだ動くし、かっこいいだろ。ちょっとでかいけどな。この流し台の上でいいか?お、奥行きが足りないな。ちょっと足場を延長するか。」

とかいいながら手際よく勝手に設置していったのだ。確かにかっこはいいのだが、おかげで洗った皿やコップなどを置くスペースが無くなってしまった。まあもともと自炊をする方でもないので当初心配していたほどあまり不便は感じていない。

ふと見た壁の時計の針は8時5分を指している。
「まずい。遅刻する。」
時間がないのに朝の「儀式」をいつもどおり行ったので当然だ。
カップの底に少し残っているエスプレッソを一気に流し込み、5分で支度を済ませ部屋を飛び出すように出る。
家から駅、駅から会社と全速力で走ったこともあって会社には何とか9時前に着くことができた。
いつもはもう少し余裕を持って出社するのだが今日はあの夢のせいですべてのリズムが狂ったのだ。

パソコンの電源を入れながらふと斜め向かいの柏原を見ると、私を見ながらなんだか安心したような表情を浮かべている。まるで私が無事出社したのを見て安心しているようにも見える。

「何だろう。今日は大事な会議でもあったかな。」

などと思いながらパソコンが起動したのでメールソフトを立ち上げると柏原から短いメールが届いた。

「今日は出社しないかと思って心配したよ。今晩よろしく。」

私は遅刻せずに会社に着いた安堵感いっぱいで、今日の夜彼に誘われていたことをすっかり忘れていた。
しかし彼のあの表情といい、このメールといい一体私に何の相談があるのだろう。
なんだか好奇心の中に不確かな不安が広がっていくのを感じた。

2010年6月22日 (火)

不吉な予感

炭酸水を一気にあおり喉を潤すと、汗にまみれた身体を洗うべく浴室へ向かった。朝はただでさえ時間が足りないのにシャワーを浴びるとなるといつもよりペースをあげて行動しなければならない。私の苦手とするところだ。こうなると今日は朝食をとらずに出社するパターンとなってしまうが、この汗まみれの状態を考えると朝食よりもシャワーを浴びる方が先決だ。

シャワーを浴びながらふと昨日のことを思いだした。

同僚の柏原から「君に相談したいことがあるから明日一杯飲まないか」と突然誘われた。珍しいこともあるもんだと思いつつ、相談というのはどんなことなのだろうと思いをめぐらせたが、普段あまり彼とは接点がないため一体どのような相談なのか皆目見当がつかなかった。

私がこの会社に入社したのが5年前だから、彼とはかれこれ3年の付き合いになる。

この会社に入るまで私は、某家電メーカーの営業部で働いていた。当時はノルマもあり苦労も絶えなかったがそれなりに楽しく充実もしていた。しかしある日、大学の先輩である三井から、彼が勤めてる出版社に来ないか、と誘いを受けたのである。当時この出版社は、業界初の旅の専門誌として話題となっており、営業部員の増員にやっきになっていた。噂では、各方面で活躍している腕利きの営業マンがかたっぱしから声をかけられているという話しだった。私はそのうちの一人ということになるのだが、のちに聞いてみると、スカウトされたのは私ただ一人ということだった。これまでの営業経験が買われたわけだが、入社から2年経つと、営業から今の広報部に異動となった。これまで営業畑のみで過ごしてきた私にとって広報部はまるで別世界だった。そんな不安げな私に初めて声をかけてくれたのが柏原だった。

「ハマサキツヨシさんとおっしゃられるんですか」

口元に笑みを浮かべ彼は私に問いかけてきた。

「あの、ハマザキタケシです。崎は濁ります。浜崎剛っていう名前は一見簡単そうに見えますけど意外と人によって呼び方はまちまちでして」

それが最初で最後のきちんとした会話だった。それ以降今日までの3年間、彼とは仕事上多少は話したりもしたが、それ以外プライベートでは皆無といってよいほど会話をしたことが無かった。それなのに彼はこの私を突然飲みに誘い、さらには相談したいことがあるという。いったいどういう風の吹きまわしなのだ。何故私なのだろうか。そして何故今日なのだろうか。今晩になれば全て分かることだが、何か釈然とせず、どこか薄気味悪ささえ感じる。

「だから今朝はあんな変な夢を見たのかな」

と今朝の夢が彼の誘いに関係しているかのような気分になったがそれは定かでない。

シャワーを浴びすっきりすると、一日の始まりにこれだけは欠かすことのできないコーヒーを淹れる。イタリア仕込みのエスプレッソだ。

2010年6月20日 (日)

バブル

しかし妙に現実感のある夢だった。海岸の砂とは確実に違う砂漠の砂の質感が今もこの両手に残っている。なぜこうも砂の違いをはっきり感じるんだろう。私は砂漠になど行ったことも無いのに。

そう思って口の中がカラカラに乾いていることに気付いた。とにかく水だ。水を飲もう。

つい昨日近所のディスカウント酒屋で大量に買ってきたフランス産の1.5リットル炭酸水をまだ冷蔵庫で冷やしてもいないボトルのまま口をつけてごくごくと飲む。乾いた口の中で炭酸水の刺激が広がり、心地よい刺激と共に潤いをくれる。さらにもう一口飲んだ時何か昔の切ない記憶のようなものが形にならずに一瞬過ぎ去っていった。
私はこの一瞬の切なさを感じるために炭酸水を良く飲む。
だから昨日この安い炭酸ミネラルウォーターをあの店で見つけた時は、

「これで好きなだけ炭酸水が飲めるぞ。この町に来てよかった。」

たかが水のことで町の価値を決めるのは馬鹿げているとは思うが、昨日は本気でそう思ったのだ。

彷徨う男

暑い。暑くて死にそうだ。水をくれ、一滴でいいんだ、水をくれ。

砂漠のど真ん中で彷徨う私に、灼熱の太陽はお構いなしにそのギラギラと煮えたぎる光線を当ててくる。私がいたキャラバンの一行と合流するのはもはや不可能に近い距離があいてしまった。一行とはぐれてしまった今、唯一の命綱である彼らの足跡が消える前になんとしてでも前進しなければゴールまでの方角を見失うことになってしまう。そうしたら完全に終わりだ。そう焦れば焦るほど砂に足をとられてしまい思うように前に進むことができない。

「俺の人生はこの砂漠で最期を迎えるのか」

そう思うのと同時に、遠くでなにやら聞き覚えのある懐かしい音が鳴っていることに気づく。その音を正確にとらえようと耳を澄ますと、その音はやがてけたたましい電子音へと変わっていった。

いつものように目覚まし時計は7時ちょうどを指している。

今朝はやけにぐっしょりと汗をかいてしまった。砂漠の夢を見たのはこの汗のせいだ。あまりにもたくさんの汗をかいたうえ水分をとらないものだからあのような夢をみたのだ。

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